ペロン
久しぶりすぎる更新でログインIDを間違えました。
ここ数カ月があっとゆーまに過ぎたような、もしくは異常に長かったような気がしますが、まだどうにかエルサルにいます。
何してたっけと振り返るとメキシコに旅行に行ったり、仕事のゴーサインが出たりしてたり、ステイ先の犬と飯をめぐって争ったり、桜島の雄大な姿が恋しくなりGOGO7188を聞いたりしてました。
そして坊主になったりしました。中3から19歳ぐらいまで夏は坊主にしていたりしたんですが、久々にすると日差しで頭皮が深刻なダメージを受けているのがわかります。
バリカンで刈られながら一年経つんだな〜としみじみ思っておりました。
そしてメキシコ行ったんで金がなくなりまして。2か月半450ドルで過ごしている最中ですが、首都に上がらなければ金を使わないことを再確認しました。
一年か〜。
上から3月、7月、そして今日。髪は短くなるものらしいです。
エル・ディア・デ・クルス
過ぎた日のことであれですが、5月3日は十字架の日といわれる祭りの日でした。
これは、雨季の始まりに豊穣を祈願して行う祭りらしいです。
面白いのがその成立の仕方。十字架の日というぐらいなので、キリスト教がばっちり関わっているんですけど、その起源としては先住民族の伝統文化。
2つの文化が混ざって生まれたものです。
エルサルバドルだと、紀元後900〜1000年ぐらいにナワ語を話すピピル君達がメキシコの方から入植してくるんですけど、その人たちの文化かも知れない。
もしかすると、マヤの雨の神様のトラロックが関わってるかも知れない。そうなるとよく描かれていた古典期の文化の可能性もあるし、別の民族のものがさらに下地にあるかも可能性もあり、下手すると、千年以上前までさかのぼるものかも知れない。
証拠一切ないけど。
祭りの対象が豊穣というありふれたテーマなだけに、祈願するという目的においては変化は見られず、祭りのプロセスが変化していっただけなのかも知れない。
スペイン人達は異教徒として中央アメリカの諸民族を改宗のために征服していったけど(名目上は)、その過程でこういう祭りごとは平和的なものだったから見逃されたのかもしれない。どのレベルで弾圧していったのか分からないけど。ただその後で、生じた生活環境の変化から逃れなくなって形式が変化したんじゃないかと。
元からあったものに後から来たものがのっかって成立。それが何回か起きて、形式を変えながらも、本質的なものは変化せずに残っている。っていう風に考えたら、その一連の形式の変化の流れが気になる。外部要因だけではなく内部要因の変化もあっただろうし。
結局成立について考えても答えはもないけど、結構考えるだけで楽しめる。おれはね。
現在では、十字架に飾りつけをし、果物を十字架の前においてすべての飾りつけ終了。
んで最後に飾った果物を食べる。かなりさっぱりしてました。
30年ぐらい前までは、わが町チャルチュアパでも、おれんちから歩いて30分ぐらいのところにある十字架の丘で盛大に祝ってたらしいんですけど、今現在はマラス(いい感じの少年ギャング達)の巣窟。
行きたいのに行けない…。
いずれにしろこういった無形文化が残っているのは喜ばしい。いずれそれが国民のアイデンティティのひとつになるかも知れないし、それが誇りになるかもしれないから。
多分あんまり最後まで読んでる人もいないと思いますけど最後に。
スリランカのKさん。
良かったら、このハテナダイアリーの記事を投稿するのを、過去の日付で投稿できるやり方とか教えてもらえないっすか?いやもうパソコン疎くて。
もしコレ見たら、めっちゃ時間あるときでいいんで、適当に教えてもらえたら嬉しいっす。
これまで(セマナサンタ編)
さて、どたばたと迎えたセマナサンタ。もうキリスト教圏の人たちにはおなじみの祭りです。イースター、もしくは復活祭と日本では呼ばれてますね。
なんと同期がエルサルに任国外旅行でやってきました。ニカのMさんとコスタリカのCさん。いやもうびっくりっすね。前々からくるとは聞いてたんですけど、なぜ、メキシコ、ホンジュラス、コスタリカ、パナマなどを押しのけてエルサルにやってきたのか不思議でした。
でも確かにこの2年間逃したらエルサルとか一生来ないよなと思うと納得。メジャーなとこより、人があんまり行かないとこいったが得した感じしますね。
久しぶりに同期と会うんで、一週間ぐらい楽しみにしてました。
んで、もう一人のエルサルの同期と4人でエルサル観光。3日間ほどでしたが、楽しく過ごせました。
いや、半年振りですけどいいもんですね。ほっとしました。エルサルはあんまり観光資源がほかの国に比べると少ないんですけれども、西側のRuta de floresというところが切り札です。
そこを三日間かけて回りながら、最後に遺跡を見てツアー終了。正直、僕も初めて回るところだったんで、非常に楽しく回らせてもらいました。
何よりも楽しかったのが、お互いの近況やらくだらない話をしているときが一番楽しかったですね。
ただやっぱ楽しい時間は早く過ぎてしまい、あっという間にお別れでした。かなりいい気分転換になりました。
今度、ニカかコスタリカ行くときアテンドお願いします!
そして、そこから帰ってきたら、エルサルの国内旅行に続けて同期と先輩と出発。
東のウスルタンというくそ暑い県にマングローブを見に行きました。うわさによると世界第2位のマングローブ林らしくて、見渡す限りマングローブでした。ありすぎて最初圧倒されて、その後ありがたみが…。
まぁとにかく、そこでほかの隊員にアテンドしてもらって、貝採ったり、マングローブの上歩いたり、えびの養殖見たり、泳いだりしました。
夜になると海にせり出したテラスみたいなところの上で、ビール飲みました。これでいいのかなってぐらい楽しかったです。
んで、帰ってきたら疲労で倒れました。まだ次の日同期会が残ってたのに…。
ともかく最近どたばたしてばっかだったんで、すごいリフレッシュになりました。やっぱ遊ばないと人間駄目になりますね。
早く任国外行きて〜。
これまで(短期隊員いらっしゃい編)
ようやくの更新っす。
いやもう今までなんだかんだで見てくれてた人たち申し訳ないです。
最後に書いてから3ヶ月ぐらいたちますね〜。その間に短期の考古学隊員2名やってきたり、帰ったり、パソコンがいただけなくなってアンインストールしたり、セマナサンタになったりとなんやかんやありました。
完全に当初の目的、自分が感じたことを書くとかできなくなっています。
んじゃ思い出します。がんばれオレ。
2月某日
短期隊員着、しかも2人。ホンジュラス行きのはずでしたが、クーデターのせいで無理だということでエルサルに。いらっしゃい。
とりあえず僕の仕事を手伝ってもらい、土器とか洗ってもらう。スペイン語の訓練を受けてないんで、必然的に僕がアテンドを行う。でも僕も『オレ、ゴハン、タベタイ』ぐらいしか実はしゃべってない。
でもなんかほめられると、あれ、おれって結構しゃべってんじゃんと思う。なんだかうれしくなる。あんまりほめられることないからな〜。ほめてください。
と思ってるうちに早口でしゃべられて残念なことになる。進歩が見られない…。スペイン語伸びてるのかな?そろそろ半年だけどぜんぜん接続法とか使っていませんけど、まぁがんばって生きてます。勉強せんな。
短期隊員さんたちは一月だけの滞在予定。ド短期ですが、この体験を踏まえて長期でまた申し込みたいといってました。一人は建築が専門で一人は考古学専門でした。
建築の人はもともと景観整備とかを専門でやってたりしてたらしく、僕の視点にはない指摘をたくさんもらったんで、非常に助かりました。考古学の人もこれからいろいろとかかわっていくかもしれないし、仕事手伝ってもらったりで、大助かりでした。
最後の日に一名、諸事情で日本に帰る日が遅くなってしまいましたけれども、いい経験だと思ってもう一回長期でがんばって来てほしいです。僕にもいい経験でした。
長期っていっても大した活動もできてないときに来ていろいろ手伝ってもらったんで、一人で悶々としながらするよりもいい気分転換になりました。
またどっかで会いましょう。
Que le vaya bien!!
観光案内
昨日、せっかくの日曜日なんで任地にある遺跡を同僚に案内してもらって見に行こうと思ってたら来ませんでした。
連絡先を聞くのを忘れて連絡の取りようがなく、結局事務所で仕事して帰りました。休日が…。
帰る間際に明日一時ね〜って念を押したんですけど、一切姿を現しませんでした。まだまだ日本的感覚がどっさり残ってるってことだな〜っと思いながら仕事してました。
というわけで、僕の任地には遺跡がわさっとあります。政府が遺跡整備に力を入れている地域で、結構見応えがある遺跡があります。ガテのティカルやホンジュラスのコパン、メキシコのテオティワカンなんかと比べるとアレですが。
チャルチュアパ遺跡群と専門家の間では言われてるんですが、15遺跡ほどが確認されています。
その中でタスマル遺跡とカサブランカ遺跡はかなり整備されてまして、しょっちゅう観光客が訪れます。国外からツアーでのお客さんも結構来ていて、英語が事務所に聞こえてきたりします。一切分からないです。さすがに日本人のツアー客が来ていたときは驚きました。
そんなカサブランカ遺跡(僕の事務所所在)について少しこの3カ月の間に勉強したことを観光案内兼ねて少しだけ紹介。
メソアメリカ地域の遺跡は一般的に5つの時期区分がされております。ただ、結構有名な遺跡は以下の3つの時期に属します。
先古典期(B.C1800〜A.D250)
古典期(A.D250〜A.D900)
後古典期(A.D900〜A.D1500)
この3つですね。ただ研究者や地域によっては時期が異なってたりしますんで一概には言えませんが。まぁ、あんまり詳しくしてもあれなんで。
カサブランカ遺跡公園は先古典期中ごろには人の居住が始まったことが確認されています。
そんで、先古典期終わり(紀元後0〜250年)とかにはピラミッド建てちゃいます。いぇい。
こんな感じのが3つあります。建造物は全部で6つなんですけど、3つでかいのがあります。
疲れたんで、明日いや明後日、いや一週間以内には続き書きます。
そういえば昼事務所で自炊なんですが、チジミ作りました。確実に料理の腕前が上がっていくことに満足しています。
明けましておめでとうございます。
年も明けまくりまして、今更ですけど明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
年越しからなんかドタバタと過ぎて行ってしまいまして今に至ります。ロデオ見たりいとこのいとこのいとこの家に行ったり、風邪ひいたりしてました。
新年なんで気持ちを切り替えて仕事に励もうかと思っていたら、いまいち上手く進みませんね。
そういうわけで新年の抱負。
①スペイン語に疲れて適当にはいはい言わない。
②早いとこ仕事を打ち合わせて先に進める。
③エルサルで遊びまくる。
④話し方がチリ人に似てるねと言われないようにする。
すっごいまとまりがないけどこんな感じで。④は最近エルサル人から言われました。一度もチリ行ったことありません。鹿児島弁のイントネーションとかが似てるんですかね?
来て3カ月経ち、次の隊次も来てしまったのですが、色々とあまり進歩が見られないです。そろそろ焦りも出てきてしまう感じですが、のんびり行こうかなと思ってます。
とりあえず生活面にはあまり不満はないですけどタバコが値上がりしました。日本でも値上がりしたみたいですね。なんで今のうちに吸っておいて日本帰ったらやめるかどうか考えたいと思います。
塩サバが食べたい…。
疑問
僕は仕事上あまり人とも話さなくても今のところ仕事ができてしまうという語学的にまずい状況に遭遇しています。
そのため、同期の語学能力の上昇に危惧を覚え、なるべく警備員さんとかと話すようにしようと考えていますが、なかなか話せないです。
ただ、世界共通で異性の話になるとすごい食いついてくるんで、そういった話が多くなるんですが、その中でどうしてもわからないことが出てきました。
エルサルは宗教に熱心な人が多く、カトリック、プロテスタント、エヴァンヘリコといったキリスト教系がほぼ100パーセントです。
あんまり宗教のこととかは詳しくないんですが、キリスト教って異性とのまぁなんかそういう行為については厳しいんじゃないんですかね?
ただ、エルサル人の男の話を聞いてると、同時に複数の女性と関係を持つのは当たり前のことらしく、むしろたくましい男は浮気をするみたいなことを言ってました。
んでもし子供ができてしまうとそんな子供は知らんみたいなことも平気で言う人もいるらしいです。
もちろん、嫁さんや子供を大切にする人もいますし、僕のファミリーはそういう人たちでありがたいです。
ただ、助産師の方の話とかを聞くと、若く、未婚の女性が結構いるということや、家に親父さんがいないという家も結構あったりするみたいなんでなんかわかんなくなってきたんですよね。
一般的に男性はものすごく女性に対して紳士的に接しているんですが、そういったことがあるということは多少ならずとも男尊女卑の傾向がこの国の根元にあるのかなと今のところ感じてます。
これどうなんですかね?キリスト教系の宗教に熱心で、教会には行く人が多いはずなのに、ガンガン浮気をするというこの現状。
良く分かりませんが、これがこの国の気質なんですかね。気質の一言で片づけるには重い話ですが。
話がおも〜くなり、誤解されたくないので最後に。僕はエルサルバドル人のノリで動く気質が気分屋な自分とマッチしていて結構好きです。